25歳

平成が終わるそうなので。

誰かを「好き」だということ

男の人が苦手といっても、好きな人はできたことがある。


小学生、中学生、高校生の頃にひとりずつ。


どの子も、背が高めで、スポーツをしていて、よく笑う子だった。


「好きなら、告っちゃえばいいのに」


友だちによく言われた。


けれど、私の「好き」という感情は、友だちのそれとは少し違うようだった。


他の子は、好きになったら、"付き合う"ために"告白"するらしい。



けれど、私は「好き」と思った人と「付き合いたい」と思ったことはなかった。

いや、正しくいうと、多少は思ったこともある。

けれど、それよりも「好きでい続けたい」気持ちが強かった。


"告白"したら、付き合えるか、付き合えないかという結果が待っている。付き合ったとしても、学生なんて大抵がすぐに別れていった。


わたしには、それが怖かった。

"いつかくるお別れ"ほど怖いものはなかった。

自分のペースでその人を「好きでい続けたい」という気持ちがなによりも勝った。


告白して振られたら、付き合えても別れたら、もうその人を好きではいられない。

だったら、別に付き合えなくていいので、ただ好きでい続けたかった。

何気ない会話ができれば、たまに目を合わせて笑いあえれば、それでよかった。

それが続いて欲しかった。



けれど、「一方的に好きでい続ける」ことが難しいことも知った。


小学生の時は、友だちも同じ子を好きだと知って、静かに想いを打ち消した。



中学生の時は、相手の男の子もまた好意をもってくれたらしく、メールアドレスを聞かれ、遊びに誘われたりした。

他にも、疎い私でもわかるくらい、彼は私に好意を抱いてくれていた。


それがわたしには誤算だった。


好意をもたれてしまったら、自分のペースで好きでい続けられないではないか。


そうなると私は、途端に嫌われる行動をとってしまうのだった。

メールを返さない、目を合わせない、話しかけられてもつれない返事をする。

ひどいことをしているのはわかる。でも、身体がいうことを聞かない。


だって、お互いに好意を持ってしまったら、その先には付き合うとか付き合わないとか、そういういくつもの選択肢が待っているから。


私は逃げて、逃げて、しまいには「僕、何か嫌われるようなことをしたかな」とすら言われるようになってしまった。

しかしそれがまたダメだった。

なんでそんなことを言うんだ。私の体はいよいよいうことをきかなくなった。


結局、その子は高校生になってもしばらく連絡をくれていたが、私のワガママで何度も途絶えさせてしまい、いつの間にかやり取りはなくなった。


ひどいことをした自覚も、傷つけた自覚も、はっきりとある。

でも、やめようとしてもやめられなかった。

好意を持たれていることに、耐えられなかった。




高校生の時に好きになったのは、クラスの中心的な子だった。


それまではどちらかというと中心の周りにいるような子が好きだったが、この時は違った。

ただ、人気者なのでなかなか声もかけられず、連絡先を聞くこともできなかった。

友だちと付き合ったとわかった時には、1人で静かに落ち込んだ。


好きな人が誰かと付き合っているということは、自分の好きな気持ちを表してはいけない、諦めなければいけない、それが自分なりのルールだった。


その子が別れると、また好きな気持ちを取り戻して、話ややりとりを楽しんだ。

でも決して想いがばれないように、わざと荒っぽい言動を選んだりした。


そんなことを繰り返しているうちに、卒業してしまった。

しかし、卒業後も、その子のことがしばらく好きだった。

何度か顔を合わせる機会があるたびに緊張して、上手く話せなかった。


気持ちを打ち消すことも、伝えることもできないまま時間だけが流れ、いつのまにかその子にも彼女ができた。


またも彼を好きでい続ける資格がなくなってしまった。

私は長い片思いに、人知れず蓋をした。




それ以降、好きな人はできていない。


職場はあくまで職場であって、会話は基本仕事上のことばかりだし、素の自分でいるわけではないので、学生の頃のように好きな人ができたりはしない。

自分の気持ちの持ちようなのだろうけれど、今のところ、私は職場で出会いを求めてはいない。


飲み会や合コンに行っても、ただ疲れてしまってしんどくなる。

LINEの通知を見ては消し、としていると、初めはあった罪悪感も徐々に消え、アリなら返す、ナシなら無言、とまるで仕分け作業かのように無心で携帯画面を覗く自分に気づいた今は、少し休憩が欲しくなっている。


大人になって"自然に出会う"ことは、今のご時世かなり少ない。

何かしら出会いのためのアクションを起こさねばならないし、恋人を作らなければ死に至るとでも言うのかというくらいに焦らせてくる人がたくさんいる。



最近わたしは、出会うシチュエーション問わず、新しく知り合う歳の近い男性を、アリかナシかで考えてしまっている。


もう、純粋に誰かを好きだという気持ちは忘れてしまったし、そもそもそれが恋愛に果たして必要なのかすら疑問だ。


そして、アリに分類したかといって、付き合いたいという気持ちは少しも出てこないので、アクションを起こすこともない。

何度か食事に行っても、その先になにかを求められているとわかった瞬間、気持ち悪さが突然津波のように押し寄せ、遠ざけてしまう。


学生の頃から、なにも変わっていない。



わたしの「好き」は、他の人の好きとは違うらしい。


いつか、大人になれば、わかるのかも知れないと思っていたが、いまのところ、まだその変化もきていない。


いつか「付き合いたい」と思う日がくるのだろうか、それともわたしの「好き」にこの先も変化はないのか、それはわからない。



もういっそのこと、気持ち悪さを耐え忍んで誰かと付き合うべきなのかもしれない。


そんなことをぼんやり考えながら、毎日を過ごしている。